門田隆将・青木美希 その1

門田隆将に、『死の淵を見た男』吉田昌郎と福島第一原発の500日の本があります。

「はじめに」より一部引用します。
「全電源喪失、注水不能、放射線量増加、そして水素爆発・・・・・あの時、刻々と伝えられた情報は、あまりに絶望的なものだった。 冷却機能を失い、原子炉がまさに暴れ狂おうとする中、これに対処するために多くの人間が現場に踏みとどまった。
本書は、原発の是非を問うものではない。 イデオロギーからの視点では、彼らが死を賭して闘った”人として”の意味が、逆に見えにくくなるからである。 本書は、吉田昌郎という男のもと、・・・壮絶な闘いを展開した人たちの物語である。」

話が少し逸れます。 この時期、大量のクヌギや樫の原木を土場で玉切りしており、1日でバケツ数杯の大鋸屑(おがくず)が出ます。 そこで、U字溝を立てて囲った所で、これを野焼きします。 大鋸屑を放り込んで、その上に杉の葉を置き、古新聞で火を付けます。 その時手にした新聞の大きな見出し文字に目が止まりました。

2011年5月28日付け、大分合同新聞の記事、「海水注入継続の原発所長」、「東電内強い擁護論」、「更迭なら現場が反発」とあり、同じページには、「虚偽報告」を調査へ、経産相「必要あれば処分」や「再臨界、可能性低い」の関連記事もあります。

門田隆将の本では、官邸や東電本店の指示を無視して、吉田所長が海水注入を行った経緯が記されています。 この本からは、この処置があったからこそ、日本が三分割されるようなことにならずに済んだと理解できます。
三分割とは、無事な北海道と西日本、アウトの東日本(東北・関東)のことです。

吉田昌郎所長、2013年7月9日食道癌のため慶應義塾大学病院で死去。 58歳没。 現場の信望は厚く性格はおおらか、偉ぶることのない性格で、部下の社員のみならず、下請け企業の作業員からも人望があったとウィキペディアにあります。

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