門田隆将・綱淵謙錠 その3

戦後間もない1947年に台湾で起きた「2・28事件」。 日本に代わって台湾統治を始めた国民党政権が多数の市民を殺害する中、命懸けで民衆を守った男性弁護士がいた。 熊本県宇土市出身の父と台湾人の母を持つ坂井徳章(台湾名:湯徳章)。

処刑が行われたのは逮捕から2日後の3月13日。 拷問で肋骨が折れ、手の指も動かなくなった坂井は、後ろ手に縛られ、処刑場となった台南中心部の公園に連れてこられても悠然としていたという。

多くの市民が見守る中、目隠しされることを拒否。 言うことを聞かせようと蹴りつける兵士にひるまず立ち上がり台湾語で叫んだ。「目隠しは必要ない。 なぜなら私には大和魂の血が流れている。 もし誰かに罪があるとしたら、それは私一人で十分だ」。
さらに日本語で「台湾人、万歳」と高らかに叫んだ直後、3発の銃弾に倒れた。

台南市は98年、坂井徳章が処刑された公園の名称を「湯徳章紀念公園」とし銅像を建立。 2014年、命日の3月13日を「正義と勇気の日」に定めた。 これは西日本新聞ネット記事より引用しました。

小説にもこの処刑の際の徳章の態度について、いくつかの証言が記されており、「まったく動揺するようすもなく、平然としていました。 本当に英雄的な姿でした。 あまりに堂々としていた。 今でもあの光景は鮮烈です。 等々」
「私には大和魂の血が流れている!」それは、鬼気迫る魂の叫びだった。 死ぬ間際の人間が、民衆の魂に投げかけたのだ・・・。

綱淵謙錠の小説に『斬』という作品があり、この本の裏表紙には、首切り浅右衛門(山田浅右衛門:江戸時代に刀剣の試し斬り役を務めていた山田家の当主代々の名乗り。 死刑執行人も兼ねていた)、山田家二百五十年の末路は・・・と記されています。
区切りがつかないので、その4に続きます。

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