門田隆将・綱淵謙錠 その2

前置きが長くなりましたが、今回は門田隆将の作品、台湾で「英雄」となったある日本人の物語『汝、ふたつの故国に殉ず』について記します。

その前に、前々回のこのブログで記した、台湾を救った陸軍中将根本博『この命、義に捧ぐ』について少し追記します。

陸軍中将、根本博は、満州(現・中国東北部)の西側にある内蒙古(現・内モンゴル自治区)に駐屯していた駐蒙軍の司令官として、終戦後も侵攻を続けるソ連軍に抗戦。 蔣介石の中国国民党政府の助力で在留日本人約4万人を脱出させました。
復員後の昭和24年には、国共内戦で窮地に陥った蔣介石に恩を返そうと、小型漁船で台湾に密航し、金門島の戦いに参加しました。 「台湾が自由主義地域として存在しているのは根本のおかげ」と指摘する声もあると、産経新聞のネット記事にあります。

さて、『汝、ふたつの故国に殉ず』に話を変えます。 1895年(明治28年)日清戦争の後、日本は清国から台湾の割譲を受ける。 しかし台湾は清国が「化外の地」と呼ぶ島でもあった。 治安や衛生状態が悪く、清国によって「文化の及ばない地」とされていた。 割譲を受けたにもかかわらず、実際には、清国が糸を引く日本統治反対の武装蜂起が台湾全土で相次いだ。

このため(日本の)全国で頑強なる若者が募られ、1895年、熊本・宇土の資産家の御曹司、20歳となったばかりの坂井徳蔵が台湾へ旅立つ。 その後徳蔵は台湾人女性湯玉と家庭を築き、2男、1女をもうけた。

その後1915年、暴徒(三百とも五百とも)に襲われ徳蔵40歳、渡台後20年を経て生涯を閉じる。(西来庵案事件) 徳蔵の長男満8歳の徳章は、かろうじて命を拾う。 『汝、ふたつの故国に殉ず』は、この坂井徳章(台湾名:湯徳章)の物語です。
その2では終わらなくなってのでその3に続きます。

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