クルーザーで遊んでいた頃は大阪府吹田市に住んでいました。 万博公園が近くにあり、小さな子どもを遊ばせるのには環境が良かったです。
会社の同僚でスクーバダイビング(ダイビング)のショップを営んでいる方がいて、ヨットをやっているんだったらダイビングもやってみようよと声をかけられました。
ダイビングは、当時はようやく流行の兆しが見え始めた頃ですね。
この彼は以前からダイビングをやっており、会社の中にも愛好家が数人いて、私が30歳の頃日本海に彼らとグループで遊びに行ったことがありました。 数名の愛好家は黒いダイビングスーツを着て潜っていました。
その後、インストラクターの資格を取ったのでしょう。 たしか吹田の江坂にショップを構えていたと思います。 誘われた頃には、私も30代後半となっていました。 先ずはショップで受講生数名が集められ座学を受けました。
座学の内容は、海の中の季節は陸上のそれより1~2ヶ月遅れる。 背負うタンクの中身は酸素ではなく圧縮空気である。 水深による水圧の変化と潜水病のこと。 スポーツダイビングは水深30mまで。 装具のこと。 危険な生物のことなどでした。
座学を終えて別の日、インストラクターの彼が引率し、数名の受講生と日本海(福井県の越前海岸だったかな?)へダイビングツアーに行きました。 私は最初から体験のつもりでしたが、他の受講生はライセンス取得が目的だったと思います。
最初はスノーケリングからです。 マスク、フィン、スノーケルの3点セットはツアー前に購入しました。 先ず習うのは、マスククリアとスノーケルクリアの方法です。 マスクの中に海水が入ってきても処置ができるように、潜っているとスノーケルの中に海水が入ってくるが、浮上してから息ができるようにする練習です。
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